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1.深成岩
渓谷から高さ約1000mそそり立つ,世界で最も大きい花崗岩の一枚岩です。約1億年前に地下深部でゆっくり冷却した花崗岩がその後隆起し,第四紀になって氷河の浸食作用によってハーフドーム状になりました。世界自然遺産。
約1400万年前に西南日本で大規模な火山活動があり,ここでは巨大な長石の斑晶を含む花崗岩が貫入しました。第四紀になって急激に隆起し,宮之浦岳は九州最高峰(1936m)になりました。島全体が花崗岩でできています。
花崗岩に貫入した,ほとんど有色鉱物を含まないアプライトという火成岩の岩脈です。手前にあった花崗岩は浸食・風化されてしまい,岩脈が残りました。格子状の節理が鎧のように見えることから,「鎧岩」と呼ばれています。国指定天然記念物。
白亜紀に西南日本で珪長質の激しいマグマ活動があり,大陸地殻を大きく成長させました。そのとき花崗岩が貫入しました。
竜宮城から戻った浦島太郎がこの地で玉手箱を開けたという伝説から,この岩棚は「寝覚の床」と呼ばれています。
約1300万年前に,当時はユーラシアプレートだった北海道西部に,北米プレートの北海道東部が衝突することによって日高山脈が激しく上昇しました。それとともに,北米プレートの地下約70kmにあったマントルの岩石である「かんらん岩」が地表に現れました。
筑波山の山頂部は,約7500万年前(白亜紀)の玄武岩質マグマの深成岩であるハンレイ岩からできています.その後隆起し,上位にあった地層は全て侵食されました.ハンレイ岩は風化に強いので,風化に弱い花崗岩からなる周辺よりも高くそびえ,山頂も切り立っています.
筑波山の山頂部は,約7500万年前(白亜紀)の玄武岩質マグマの深成岩であるハンレイ岩からできています.ハンレイ岩は固くて風化に強いので,登山道には,画像の「北斗岩」のような角張った形の奇岩(「立身岩」・「弁慶七戻り」など)が点々と見られます.
2.火成岩
アフリカ大地溝帯にあり,地球上で唯一カーボナタイト(火成炭酸塩岩)のマグマを噴出する活火山です。カーボナタイトは,通常のマグマ(900〜1200℃)とは異なり,温度が500〜600℃と低いため,溶けた状態でも真っ黒で,粘性が非常に低いマグマです。
約6000万年前にユーラシア大陸と北米大陸が分離する激しい火山活動があり,その際に噴出した玄武岩質溶岩が冷却して約4万もの石柱が形成されました。「巨人が積み上げた道」という伝説がある世界で最も有名な柱状節理で,世界自然遺産。
約2億年前にマグマが堆積岩に貫入して冷却する際に形成されました。その後周りの堆積岩は浸食されてしまいましたが,火成岩は固かったのでタワー状に残りました。映画「未知との遭遇」のラストシーンで使われ,有名になりました。
約600万年前に噴出した安山岩質の大規模なマグマがゆっくり冷えて形成されました。柱の直径が大きく「畳石」と呼ばれています。その数は約1000個に及びますが,現在の波食棚でもあり,干潮時のみ観察できます。国指定天然記念物。
約1400万年前に西南日本で生じた大規模火山活動によって,ここでは,細粒で硬く,叩くと金属音がするサヌカイトという特殊な安山岩が噴出しました。上位のサヌカイトが浸食に強いので,下位層が浸食されて急崖になりました。国指定天然記念物。
約160万年前に噴出した玄武岩が冷却される過程で形成されました。「玄武岩」は「玄武洞」に由来します。1929年には,ここの玄武岩が現在とは逆向きの磁性を示すことから,地磁気が逆転することが世界で初めて示されました。国指定天然記念物。
約1400万年前に紀伊半島で大規模な火山活動があり,ここでは泥岩中に流紋岩の岩脈が貫入しました。泥岩は浸食され,浸食に強い岩脈が,海岸から一列に約850mにわたって杭状に残っています。国指定天然記念物。
約1,300万年前に,安山岩質のマグマが堆積岩中に貫入してゆっくり冷えたため,柱の直径が大きく最大4m以上にも及びます。海岸沿いに約2kmにわたって露出しており,北陸有数の観光地になっています。国指定天然記念物。
平安時代の864年に,富士山の北西山腹から大量の玄武岩質の溶岩が流れ出ました。その際,外側は冷えて固まりますが,内側はまだ熱くて流れやすいため下流に流れてしまうことによって,筒のような空洞が形成されました。国指定天然記念物。
約4800万年前に海底火山から噴出し,海水で外側は急冷されながら内部はチューブ状に流れ出て積み重なった枕状溶岩の断面です。Mgに富み斜長石を含まないという世界的にも珍しい組成の安山岩(ボニナイト)からなります。
浅間山の大噴火(1783年)の最後に,山頂から北側に流出した安山岩の溶岩流で,角張っていて表面が平な塊状溶岩です。最近では,普通の溶岩ではなく,火口周辺に堆積した火山灰が熱で溶けて流れ出たものという説が有力です。
1719年または1732年に,岩手山の山腹から流出した安山岩の溶岩流です。表面が粗く刺々しく凹凸に富む「アア溶岩」としても有名です。300年近く経ちますが,未だに噴火当時のままの状態を残しています。国の特別天然記念物。
白亜紀に玄武岩が堆積物中に貫入し,枕状溶岩と同様に,海水で外側は急冷されながら内部はチューブ状に流れ出て球形の放射状節理が多数形成されました。最大径8mに及び,「車石」と呼ばれています。国指定天然記念物。
鳥甲山の約80万年前の火山活動で,安山岩質の溶岩が冷えたときに形成されました.柱の高さは50m以上にもなります.対岸から見ると,反物を幾重にも垂らしたように見えるので,「布岩山」と呼ばれています.ロッククライミングの穴場になっています.
北木島全体が約8000万年前に貫入した大きな花崗岩からできており,「北木石」と呼ばれています.良質で加工しやすく大きな塊として取れるのが特徴で,近世では大坂城の石垣,近代では日本銀行本店・靖国神社の鳥居・東京の日本橋など多くの建築物で使われました.
四阿山火山群の約28万年前の火山活動で形成された安山岩の岩脈で,断続的に約400m連なっています.周囲の岩石は風化・侵食されてしまい,固い岩脈だけが残りました.長野県側では「屏風岩」,群馬県側では「的岩」と呼ばれています.国指定天然記念物..
約550万年前の火山砕屑岩に,アルカリ長石に富んだマグマが貫入しました.周りの火山砕屑岩は侵食されましたが,貫入した固い部分は崖を登るトカゲのような形で残りました.アルカリ成分に富む岩石は大陸の特徴なので,日本列島では珍しい岩石です.
高さ約40mの安山岩の岩塔です.約1400万年前に西南日本で生じた大規模火山活動によって,ここでは白亜紀の花崗閃緑岩にマグネシウムに富む特異な安山岩の岩脈が貫入しました.周囲の花崗閃緑岩に比べて硬くて風化・侵食に強いので,残りました.
下部の垂直に並ぶ柱状節理が約13万年前に,上部の斜めに並ぶ細い柱状節理が約9万年前に,それぞれ阿蘇山が大噴火して流下した火砕流堆積物が冷却する時に形成されました.それらを川が侵食して形成された峡谷が「高千穂峡」です.国指定天然記念物.
3.火山地形
標高2518mと富士山より一回り小さい,安山岩を主体とする成層火山です。外国の山で富士山に最も似ている火山の一つで,「ニュージーランド富士」とも呼ばれており,映画「ラストサムライ」のロケにも使われました。
標高2463mと富士山より小ぶりですが,山頂からの噴火が多く山腹からの噴火が少ないために,形の非常に綺麗な成層火山です。日系人からは「ルソン富士」と呼ばれています。過去400年間で約50回も噴火している活動的な火山です。
粘性の低い玄武岩質溶岩の流出によってできた,非常に傾斜の緩い火山です。標高は4169mあり,水深約5000mの深海底から成長してきた火山なので,比高は9000m以上と実はエベレストよりも高く,比高と体積で世界一の山です。
標高924mと小さく二段式の成層火山で,「薩摩富士」とも呼ばれています。約4400年前から活動を開始し,主に玄武岩質の溶岩を繰り返し噴出しましたが,平安時代に山頂付近に安山岩質の溶岩ドームが形成され,二段式になりました。
1990〜1995年の噴火で形成された溶岩ドームで,「平成新山」と呼ばれています。噴火中の1991年6月3日には,溶岩ドームが崩壊して大火砕流が発生し,報道・消防関係者を中心に43名もの死者が出ました。国指定天然記念物。
約1400万年前に西南日本で大規模な火山活動があり,ここでは安山岩質マグマの噴火によって,直径約8kmのカルデラが形成されました。カルデラの淵が後に隆起して,西日本最高峰(1982m)になりました。
約1400万年前に,紀伊半島で巨大カルデラを作った大規模な火山活動がありました。そのカルデラの痕跡が,ここでは,浸食に強い流紋岩質凝灰岩が高さ約150m・幅約800mの日本最大級の一枚岩として残っています.国指定天然記念物。
伊豆半島東部には,1回の噴火のみで形成された小さい火山(単成火山)が多く見られます。大室山は,約5000年前に主に暗色で多孔質な火山灰(スコリア)を噴出し積み重なった,単成火山の火砕丘(スコリア丘)です。
約65万年前から安山岩質マグマを主体とする大量の溶岩や火山灰を噴出し,約23〜13万年前と約8〜4万年前には大規模噴火によってカルデラが形成されました。その後爆発的噴火は終了し,カルデラ内には溶岩ドームなどの単成火山が形成されました。
小笠原諸島にある火山島で,2013年以降の噴火によって大量の溶岩が噴出し,元々あった面積の約10倍の大きさになり,現在も成長中です。水深約4000mの深海底から成長してきた火山なので,実は富士山よりも大きな火山です。
伊豆諸島の最南端に位置する絶海の孤島の活火山で,海中に玄武岩質の大きな火山体があり,その外輪山のマグマの通り道(火道)内で安山岩質のマグマが硬く固結し,その後周りの火山体が波で浸食されて,ロウソク状に残りました(高さ99m)。
標高1898mの形の綺麗な成層火山で,「蝦夷富士」とも呼ばれています。約6-5万年前から活動を開始し,安山岩〜デイサイト質の軽石・火山灰・溶岩流・火砕流を繰り返し噴出しました。最新の噴火は約1000年前と推定されています。
1944〜1945年に,麦畑だった場所で隆起・噴火し,粘性が高いデイサイト質マグマの上昇によって形成されました。その際,麦畑の土壌が溶岩の熱で焼かれたため,山肌が赤茶色に見えます。世界的にも珍しく私有地にあります。国の特別天然記念物。
長さ約100km・幅約30kmに及ぶ世界最大のカルデラで,約7万4000年前の超巨大噴火によって形成されました.噴出した大量の火山灰が日光を遮断して,気温が平均で約5℃低下し,当時のホモサピエンス(約10万人)のおよそ9割が死亡したと推定されています.
1883年に巨大噴火を起こして,クラカタウ島の2/3が水没し,火砕流と津波で3.6万人以上が死亡しました.噴火時の爆発音は4776km離れた地点でも聞こえました.その後,海中カルデラの中央で火山活動を再開し,新しくアナククラカタウ島(中央)ができました.
1783年に大噴火を起こした単成火山です。大量の有毒な火山ガスを噴出し,欧州で数万人が亡くなりました.また,噴出した大量の火山灰によって太陽光線が遮られて気温が低下し,欧州ではフランス革命の遠因となり,日本では天明の大飢饉の遠因になりました.
BC1628年頃に,有史で世界最大の噴火を起こしてカルデラを形成しました.三日月型のティーラ島は外輪山に相当します.最大波高90mにも及ぶ津波が発生して,エーゲ海一帯に壊滅的な被害をもたらし,アトランティス伝説の元になったと考えられています.
薩摩硫黄島は,約7300年前に,過去1万年で世界最大の噴火を起こして水没した鬼界カルデラの外輪山に相当します.今でも活動は活発で,島南西部の長浜湾では,Feを多く含む熱水が湧き出しているため,常に赤褐色に濁っており,鉄酸化物が堆積しています.
米塚(比高約80m)は,阿蘇カルデラ内にある中央火口丘の1つです.約3000年前に主に暗色で多孔質な火山灰(スコリア)を噴出して積み重なった,国内で最も均整のとれた火砕丘(スコリア丘)の1つです.国指定天然記念物.現在は登山禁止になっています.
周囲の険しい山の中にある平坦な頂上部の山が,荒波を進む軍艦のように見えることから名付けられました.数百万年前にあった直径10kmのカルデラの痕跡です.最上部の安山岩溶岩が侵食に強いので,下位層が浸食されて急崖になった「メサ」でもあります.
数百万年前にあったカルデラの痕跡で,構成する安山岩の溶岩と凝灰角礫岩が侵食に強いので,下位層が浸食されて急崖になりました.鋸の歯のようなギザギザした形になったのは,南北方向に走る割れ目に沿って侵食されたことが原因の一つと考えられています.
4.堆積岩
イギリス南岸には高さ100m・幅150kmに渡って真っ白な海食崖が広がっています。中生代白亜紀末に深海で石灰質プランクトンの遺骸が堆積した真っ白なチョーク(白亜)からなり,「白亜紀」の名称の由来となりました。
中生代/新生代境界(約6600万年前)では,巨大隕石の衝突によって恐竜やアンモナイトなどが絶滅しました。この海食崖には中生代/新生代境界付近の地層が露出しており,崖中央の黒色粘土層に隕石衝突の証拠となった元素が含まれています。世界自然遺産。
鹿児島湾北部にあった火山が約2.9万年前に巨大噴火し,カルデラを形成し水没しました。噴出した火砕流堆積物は南九州一帯に最大100mの厚さで堆積し,シラス台地を形成しました。水はけが良いので,サツマイモ・大根・茶などが名産です。
数千万年前に赤道付近で誕生したプレートが北上し,海溝に近づくと,陸起源のタービダイト(混濁流堆積物)の砂岩と泥岩の互層が堆積しました。新第三紀初頭に海溝に沈み込む時に陸側に付加し,その時の圧縮力によって垂直になりました。
中生代三畳紀〜ジュラ紀に珪質プランクトンの遺骸が堆積して形成されました。ジュラ紀に海溝に沈み込む時に陸側に付加し,その時の圧縮力によって複雑な傾斜になりました。チャートは硬いので,しばしば急峻な地形を作ります。
伊豆半島が現在よりも南にあった約400〜300万年前に,デイサイト〜流紋岩質の海底火山の噴火に伴って生じた水中火砕流または海底土石流によって火山灰・軽石が堆積した,凝灰角礫岩(下部)〜凝灰岩(上部)です。
約600万年前に深海で堆積した堆積岩が,海溝に沈み込む時に陸側に付加し,その時の圧縮力によって急傾斜になりました。その後に隆起・陸化して浸食されました。その上に箱根起源の火山灰(約6.5万年前)などが水平に堆積しました。
大島火山起源の火山灰が積み重なった地層です。約1万4000年前以降100枚以上もの火山灰が確認されており,大島火山の噴火史の解読に非常に有用です。通称「バームクーヘン」として観光名所にもなっています。
約200万年前に巨大地震などによって海底地すべりが発生し,半固結の砂岩・泥岩の層が,水深約1500〜2000mの深海底に乱雑に堆積した堆積岩です。2007年に道路工事で新しく見つかった地層で,そのまま保存されています。
約900万年前に深海で堆積した堆積岩です。主に青灰色の泥岩で,下部・上部に白色と黒色の凝灰岩があることによって,傾斜が分かります。また左側では凝灰岩がずれていることから,正断層があることもわかります。
第四紀の中期更新世(77万〜12.6万年前)の下限付近の地層を,世界で最も詳細かつ連続的に観察・研究できるのが養老川沿いであることなどから,2020年1月に中期更新世を「チバニアン」と呼ぶことが決定しました。国指定天然記念物。
銚子付近には関東平野では地下深部にある古い地層が地表に露出しています。犬吠埼には白亜紀前期(約1.2億年前)の浅海で堆積した砂岩〜砂岩泥岩互層が見られ,斜交層理など波の作用を示す堆積構造がよく観察できます。国指定天然記念物。
約1400-1300万年前に海底火山から噴出した軽石質凝灰岩の石材です。軽くて軟らかく耐火性・吸湿性があることから,古くから土蔵・石塀などに使われてきました。旧採掘場の一部が見学できるようになっており,ロケなどにも使われています。
1888年に発見された日本最大級の石炭層で,古第三紀(約5000万年前)に繁栄したメタセコイアなどの裸子植物が石炭化したものです。良質で,製鉄・燃料用として日本の近代化に重要な役割を担いました。一部がそのまま保存されています。
波食台上に最大直径9mにもなる球状~長球状の炭酸塩コンクリーションが100個以上も分布しており,「小豆石」と呼ばれています.鯨の化石が含まれており,鯨の遺骸の有機物に由来する重炭酸イオンと海水中のMgイオン・Caイオンが結びついて形成されました.
高畠石は,山形県南部から産出する黄色っぽい凝灰岩で,近世~近代では石塀などとして使われ,2010年まで採掘されていました.採掘跡は,「爪割石庭公園」として観光スポットになっており,高畠石で作られた「旧高畠駅」は国の有形文化財になっています.
オーストラリアの西半分は赤茶色の大地です.これは,約27億年前に光合成を開始したシアノバクテリアによって放出された酸素と海水中の鉄イオンが結びついて大量に堆積した鉄鉱層が広大な大地に露出しているからです.日本にも大量の鉄鉱石が輸出されています.
高畠石は,山形県南部から産出する黄色っぽい凝灰岩で,近世~近代では石塀などとして使われ,2010年まで採掘されていました.採掘跡は,「爪割石庭公園」として観光スポットになっており,高畠石で作られた「旧高畠駅」は国の有形文化財になっています.
約3万年前に大雪山の大噴火で大量の火砕流が東側に流出し,火砕流堆積物の溶結部が冷却する時に柱状節理が形成されました.それを忠別川が浸食して形成されたのが天人峡で,7つの岩が天に向かって並んでいるように見えることから「七福岩」と呼ばれています.
標高約3700mにある広大な塩の大地です.数百万年前にアンデス山脈が隆起した時に,海水が閉じ込められて,乾燥気候で流れ出る川がないため,長い年月をかけて大量の塩が干上がりました.雨季には薄く水が張るため,「天空の鏡」のような世界が広がります.
5.化石
約27億年前に光合成を開始したシアノバクテリアと泥が層状に積み重なったドーム状の岩石をストロマトライトと言います。現生では,この湾のように塩分濃度が高く他の生物が生息できない数カ所にのみ残っています。世界自然遺産。
約4000万年前に堆積した礫岩で,ヌンムリテス(貨幣石)の化石が多産します。ヌンムリテスは,石灰質の大型有孔虫で,古第三紀の代表的な示準化石として知られています。一方,暖かい海で多産するので示相化石にもなります。
この付近の約6000年前(縄文時代)の地層からは,温暖で浅く澄んだ海を示す造礁サンゴ化石が多産します。当時は大規模なサンゴ礁が発達するほど温暖で,水温が現在の紀伊半島〜奄美大島海域に相当していたと推定されています。
約12-13万年前の温暖な時期に,関東平野一円に広がっていた古東京湾と呼ばれる広大な内湾に生息していた貝の化石密集層です。100種以上もの暖流系・内湾棲の貝化石・ウニ化石が見つかっています。国指定天然記念物。
中生代白亜紀(約1.2億年前)の地層が地殻変動によってほぼ垂直になっており,道路沿いの崖には,砂の表面に水の流れが作った模様である多くの「漣痕(れんこん)」と,それを横切るように約50個もの「恐竜の足跡」の化石(左下から中央上にかけての色の濃い部分と左上の2つの穴など)が確認されています。
6.その他岩石
堆積岩が接触変成作用を受けてできた緻密な変成岩をホルンフェルスと言います。ここでは,約1500万年前に堆積した砂岩(灰白)と泥岩(黒)の互層が,約1400万年前に貫入したはんれい岩の熱による弱い接触変成作用を受けて形成されました。
中生代ジュラ紀に深海で堆積した地層が,白亜紀にプレートの沈み込みに伴って地下で変成した,低温高圧型の三波川変成帯(九州〜関東)の東端に相当し,荒川沿いに様々な結晶片岩が岩畳となって一面に見られます。国指定天然記念物。
蛇紋岩はマントルの岩石である「かんらん岩」が変質したもので,早池峰山は古生代オルドビス紀の硬い蛇紋岩からなるため,北上山地の中でも高さが突出しています。かんらん岩・蛇紋岩の山は木が育ちにくいので,高山植物の固有種が多く見られます。
7.河川地形
南北160km・東西240kmに広がる世界最大級の三角州です。ナイル川は毎年おおいぬ座のシリウスが見えるようになる時期に氾濫したため,古代エジプトではそれを元に暦を作りました。氾濫によって肥沃な土壌となり,農業・文明が発達しました。
ギアナ高地にある最大のテーブルマウンテンから流れ落ちる,世界最大の落差(979m)がある滝です。あまりにも落差が大きいため,落下する水は途中で分散して霧状になってしまうので,滝壺がありません。世界自然遺産。
約7000万年前に隆起した高原をコロラド川が下刻して形成されました。全長約450km・高さ平均約1200mに及ぶ断崖には,最下部に先カンブリア代の変成岩・火成岩・堆積岩,下部〜上部に古生代の水平な堆積岩が露出しています。世界自然遺産。
世界三大瀑布の一つで,最も有名な滝です。馬蹄形で落差は54mあります。約4500年前に現在より約10km下流で誕生し,滝が古生代シルル紀の石灰岩・泥岩を徐々に浸食して,現在の位置まで後退してきました。
約1400万年前に紀伊半島で大規模な火山活動があり,ここでは流紋岩質溶岩の流出と花崗岩の貫入があり,浸食に強いこれらと浸食されやすい堆積岩との境界に形成されました。一段の滝としては日本一の133mの落差があります。世界文化遺産。
第四紀になって北アルプスが急激に隆起したことにより,黒部川の浸食力が急増し大量の土砂を下流に運搬しました。扇状地がそのまま海に面していて三角州でもあるので「扇状地三角州」と呼ばれ,山から海までの距離が短い場合に形成されます。
第四紀になって北アルプスが急激に隆起したことにより,黒部川の浸食力が急増し,新第三紀の花崗岩を世界最大級の激しさで下方浸食して形成されました。現在でも人を寄せ付けない断崖絶壁が広がっています。日本三大峡谷の一つで国の特別天然記念物。
約500万年前に貫入した石英閃緑ひん岩(石英を含む閃緑岩の半深成岩)が冷却する時に柱状節理が形成され,その貫入岩体を信濃川の支流である清津川が激しく下方浸食して形成されました。日本三大峡谷の一つで国指定天然記念物。
富士山南西麓の富士川支流に懸かる滝で,富士山の地下水が,下部の水を通さない泥流堆積物(約2万年前)と上部の溶岩(約1.2万年前)との境界付近から絹糸のように流れ出ています。国指定天然記念物・世界文化遺産。
断層で破砕されて脆くなった凝灰岩を,桂川が下方浸食して,川幅が狭く高さ30mある深い谷が形成されました。ここでは橋脚を立てられないので,両岸から四層のはね木をせり出して猿橋が作られました。日本三大奇橋の一つ。
約20万年前に赤城山の噴出物が川を堰き止めて湖ができ,湖を埋めてできた平坦面を,川が切り開いて湖の地層を数回に渡って段階的に掘り下げて形成されました。大規模で形もはっきりしているため,日本一美しいとも評されています。
男体山は約2.5万年前から活動を開始し,約1.2万年前の噴火では大量の溶岩が流れ出て,川を堰き止めました。その結果,上流側には堰止め湖である中禅寺湖が形成され,その出口には落差97mもの「華厳の滝」ができました。
約1500万年前に海底火山から噴出した固い溶岩と軟らかい堆積岩との境界に形成された,高さ120mの4段の滝です.冬に滝が凍結する「氷瀑」が有名で,かつては毎年のように見られていましたが,温暖化の影響か,近年はほとんど見られなくなってしまいました.
海に突き出した高さ約40mの約1800~1500万年前の火山砕屑岩の岩壁に,断層や割れ目などの弱い部分から浸食が進み形成された「海食洞」(高さ15m・幅6m・奥行き60m)が見られる洞門です.「巌門」として代表的な景勝地になっています.
陸繋島との間の砂州(陸繋砂州)のことを「トンボロ」と言います.上甑島の里町の集落は,長さ1500m・最小幅250m・高さ2~3mのトンボロの上にできています.台風や冬の季節風によって、沿岸の海底の砂礫が打ち上げられてできたと考えられています。
陸繋島との間の砂州(陸繋砂州)のことを「トンボロ」と言います.小豆島西部の前島から中余島を経て大余島へ続き,長さ約500mあります.干潮のときのみ道が海面上に現れて渡ることができ,「エンジェルロード」と呼ばれています.
陸繋島との間の砂州(陸繋砂州)のことを「トンボロ」と言います.函館山と渡島半島との間に砂礫が堆積して,約5000年前に陸続きになりました.函館山から見る,巨大な砂州の形に沿った函館の市街地の夜景は,日本三大夜景の1つと称されています.
甌穴(ポットホール)は,凹みにある小石が水の流れでぐるぐる回ることによって,周りの岩石が侵食されて形成されます.川の流れでできるものが多いですが,ここでは,波の力によって形成された甌穴が日本最多70以上あります.国指定天然記念物.
平尾台を構成する石灰岩は,約 3億年前の熱帯地方のサンゴ礁が,プレートの移動によって今の位置まで移動してきたものです.約9000万前に接触変成作用を受けて,結晶質石灰岩(大理石)に変化しているので,化石は産出しません.国の天然記念物.
古生代デボン紀(約3.8億年前)の石英砂岩が熱変成した珪岩が,亜熱帯多雨気候の影響で風化・侵食されて,高さ200m・3000本以上の塔状の偽カルスト地形(石灰岩ではないが,カルストのような地形)が林立するようになりました.世界自然遺産.
中国南部は石灰岩地帯で,ここでは古生代後期の石灰岩が,隆起しました.石灰岩の成分(CaCO3)の沈積によって棚田状の湖群をつくる堤防が形成され,CaCO3が微細な浮遊物を核として沈殿するため,水は極端に透明度が高い青色に見えます.世界自然遺産.
台地を作っている石灰岩中に雨水が浸透してできた大量の石灰分(CaCO3)を溶解した地下水が,地熱で温められて地表に湧き出て温泉となり,その温水中から石灰華が再沈殿して,高さ約200mにもなる純白の棚田のような景観ができました.世界複合遺産.
ミシシッピ川は,北米最大の流域面積をもつので,大量の土砂が河口まで運ばれます.一方で,海岸の波や流れが弱いので,あまり侵食されません.そのため,三角州がどんどん成長していき,鳥の足の指のような形をした「鳥趾状三角州」が形成されます.
石狩川は,高低差の少ない石狩平野を流れるため,明治時代以前は蛇行が多く,たびたび洪水が発生していました.そこで大正時代から人工的な流路短縮が行われ,洪水は減少していきました.その結果,旧蛇行部分には多くの三日月湖が残りました.
この付近は寛政西津軽地震(1793年)によって隆起し,緑色凝灰岩(グリーンタフ)の波食棚(*KN-02江の島を参照)が海面上に現れました.物珍しがった津軽藩の殿様が、そこに千畳畳を敷かせ大宴会を開いたとされることから,「千畳敷」と名付けられました.
ニューヨークのセントラルパークの大きな岩肌に見られる線状の構造は,「氷河擦痕」といい,約2万年前に北米大陸に巨大な氷床が発達してこの付近が厚さ約2000mもの氷河で覆われた時の名残で,氷河に取り込まれた岩塊と基盤岩がこすれ合って形成されました.
ニューヨークのセントラルパークに突然ポツンと見られる大きな岩は,「迷子石」といい,約2万年前に北米大陸に巨大な氷床が発達してこの付近が厚さ約2000mもの氷河で覆われた時の名残で,氷河が後退する時に,氷河が運んだ岩が取り残されたものです.
地名は記念碑(モニュメント)が並んでいるような景観から名付けられました.上位の地層が侵食に強いので,下位層が浸食されて急崖になりました.テーブル状の「メサ」と塔状の「ビュート」に区分されます.多くの西部劇映画のロケで使われています.
柔らかい層と硬い層が交互に積み重なった地層がゆるく傾いた地域で見られます。柔らかい層は侵食を受けて低地に,硬い層は侵食に強いため丘陵となり,低地と丘陵および緩斜面と急崖が交互に並びます.緩斜面では小麦,急崖ではブドウが栽培されています.
氷期に氷河が削ってできた谷に,暖かくなって海水が入り込み形成されました.そのため,リアス海岸とは違い,湾口から湾奥まで幅の変化がない細長い谷(ここでは全長42km)からなり,谷が深く海岸線が断崖絶壁(ここでは高さ600m)になっていることが特徴です.
水田の中に見られる多数の小丘は,約2500年前に鳥海山が山体崩壊を起こした時の破片です.以前は浅い海~汽水湖に島状に点在していて,「九十九島」と呼ばれていました.ところが,1804年の象潟地震によって,約2m隆起して陸地化しました.国指定天然記念物.
約1,500万年前に安山岩質のマグマが冷えて柱状節理が形成されました.周りの岩石は侵食されてしまい,川の河口の海中に高さ約20m・周囲約1kmにも及ぶ巨岩(立石)が残りました.さらに,川が運んできた砂が堆積して,トンボロが形成されました.
古生代後期(石炭紀~ペルム紀)の石灰岩が侵食されて形成された,長さ90m・幅19m・高さ40mの天然橋です.元々は鍾乳洞で,帝釈川の侵食によって大部分の天井が崩落して,数十万年前に一部分だけが橋状に残されたと考えられています.国指定天然記念物.
日本三大岩場の一つとされる高さ400m・幅1.5kmの花崗岩の大絶壁です.約7,000万年前の花崗岩が不規則な節理に沿って割れて風化・侵食されていきましたが,節理の少ない部分では大きな岩塊が残り,しばしば山頂や稜線沿いでは岩の塔のようになります.
約1800万~1200万年前に浅瀬で堆積した砂岩が,隆起した時におよそ30°傾斜して,侵食を受けたために,東西1.5km・南北1kmにわたっていくつもの岩山が出っ張ったような地形になった,スケールが小さめのケスタ地形です。県指定天然記念物.
白亜紀に西南日本で珪長質の激しいマグマ活動があり,大陸地殻を大きく成長させました.ここでは花崗岩が貫入し,その後隆起して,海岸に露出し,波風の力による浸食作用によって,偶然,水辺にたたずむ象のような形になりました.国指定天然記念物.
多摩川の河床を覆っていた礫層が1950年代に大量に採取されて,約160万年前の半固結した砂岩が露出するようになり,それを多摩川が侵食することによって,世界的にも珍しい,牛の群れのように見える高さ2m程度の島状の地形(牛群地形)が発達しました.
数百万年前の凝灰角礫岩でできた台地を,約1万年前から川が下刻して作られた,長さ約4km・深さ約80~100m・幅約10~100mの峡谷で,幅の狭いところではV字谷,幅の広いところではU字谷になっています。奇岩が多く見られ,紅葉の名所にもなっています。
中生代白亜紀に低温高圧型の変成作用を受けて硬い三波川結晶片岩でできた四国山地を,日本最大級の激流と言われる吉野川が下刻して作られた峡谷で,巨岩・奇岩が約8km続く「大歩危」と,曲がりくねって流れの速い「小歩危」に分けられます.国指定天然記念物.
約1650万年前の礫岩層が,波に浸食されてできた海食洞の天然橋(高さ15m・長さ30m)です.2002年までは全国で唯一国道が通る天然トンネルでしたが,小規模な崩落が頻発したので,山側にトンネルを掘ってバイパスを作り,この道は国道ではなくなりました.
高さ約40mの巨大な石灰岩の石門で,第一門~第四門まであります.約 3億年前の石灰岩の大地が侵食されてできた鍾乳洞が,やがて崩落して一部がアーチ型に残りました.夏のもや・冷気は「羅生門」の名に相応しい威容があります.国指定天然記念物.
この付近はマントルを構成するカンラン岩が変質した数千万年前の蛇紋岩からなり,破砕されているため脆く,この地域には2000ヶ所以上の地すべり地形が分布しています.その緩斜面を室町時代から棚田として利用しており,「大山千枚田」と呼ばれています.
この付近は約1100万年前の脆い泥岩からなり,多数の地すべり地形があります.その緩斜面を棚田として利用しており,世界農業遺産に認定されています.ところが2024年1月の能登半島沖地震で多数の亀裂ができ,同年9月の能登半島豪雨で地すべりが発生しました.
900万年前の火砕流堆積物が冷えた溶結凝灰岩を片品川が下刻してできた高さ7m・幅30mの滝.三方から水が勢いよく流れ落ちる様子から「東洋のナイアガラ」とも言われています.河床には多くの甌穴(ポットホール)が見られます.国指定天然記念物.
約10万年前の立山の火砕流堆積物が冷えた溶結凝灰岩の末端の断崖にかかる,日本一の落差(落差350m)がある4段の滝(画像中央)です.融雪期など水量が多い時には,右側により落差の大きい(落差500m)ハンノキ滝(画像中右)が出現します.国指定天然記念物.
約7500万前(白亜紀)の礫岩にかかる,7段からなる合計落差42mの滝です.近くを通る中央構造線の活動の影響で,ここに6本の断層があり,それらの断層の活動によって弱くなった部分が侵食されてそれぞれ滝つぼをつくり,7段の階段状の滝になりました.
中国山地からの土砂の供給量の多い太田川が,波穏やかな遠浅の広島湾に注ぐことによって形成された三角州で,広島の市街地は三角州の上に発達しました.近世以降は干拓・埋立によっても海側へ進出しましたが,放水路以外はほぼ従来のままの流路が残っています.
河床が周囲よりも高い川を「天井川」といい,堤防を作る→流路が安定し,砂礫が堆積して河床が上昇する→堤防を高くする,という過程を繰り返すと天井川になります.甲府盆地には多く見られ,河床の下をトンネルで道路が通ることもあります(画像)
風化した花崗岩(マサ)からなる山を水源とする草津川は,大量の土砂が流れ,かつては下流部分が天井川(画像:トンネルの上)で,増水の度に氾濫していました.2002年に中流から琵琶湖に抜ける放水路が完成したため,天井川部分には水が流れなくなりました.
富士山起源の地下水が,約1万年前に富士山から流れ出た隙間や亀裂の多い溶岩の中を流れ,溶岩末端のこの付近で1日に約100万m3も湧き出ています.そのため,水がきれいで,年間を通じて水温が15℃前後と一定です.日本三大清流の一つで,国指定天然記念物.
茨城と千葉の県境(赤点線)が一部だけ利根川の北岸にはみ出ています.これは,県境を決めた時には,利根川が現在より北に蛇行して県境を流れていて,その後直線化したからです.河川のすぐそばにこのような不自然な自治体の境がある場合は,その境がかつての河道であった可能性があります.
多摩川の北岸(東京都)と南岸(神奈川県)の両方に,同じ「等々力」という地名があります.これは,現在は直線化した多摩川を境に違う自治体になっていますが,かつては多摩川が南に大きく蛇行していて,同じ北岸にあった一つの集落だったからです.このように,河川の両岸に同じ地名がある場合は,かつての蛇行の名残りである可能性があります.地図内の「野毛」「二子」もそうです.
かつての鬼怒川は,画像上中央の平行な曲線道路の間~千代川公民館~鹿島神社の北側を「う」の字の下部分のような形で流れていました.このように,河川のすぐそばに不自然な平行曲線道路がある場合は,かつての河道であった可能性があります.
最終氷期(約7~1万年前)に海面が下がった時に多くの河川や谷が形成され,氷期が終わって海面が上昇したため,それらが海に沈んで,リアス海岸と50以上の島々になりました.海岸線が非常に入り組んでいるため湾内は穏やかで,真珠・アオサノリの養殖が有名です.
舞鶴湾は最終氷期には完全に陸化して多くの河川や谷が形成され,氷期が終わると,それらが海に沈んで,リアス海岸になりました.深く湾入したリアス海岸の奥がさらに枝分かれしていて,外海から目視できず攻めるのは難しいため,明治時代に軍港になりました.
糸魚川-静岡構造線の活動によってその西側が隆起する際に,約1億年前の凝灰岩が海岸線と並行に入った垂直の亀裂に沿って剥がれて,約10km続く断崖絶壁になりました.江戸時代までは,加賀から江戸に向かう際,波打ち際を通らなければならない街道の難所でした.
ここで見られるヒスイは,約5億年前に生まれて約2.5億年前に地表に現れたものが,川から海に運ばれて堆積したものです.縄文時代から勾玉などに利用されてきましたが,1000年以上忘れ去られていました.1935年に再発見され,2016年に日本の国石に選ばれました.
有明海は潮の干満差が日本一大きいので干潟が発達しています.この海岸では,遠浅の穏やかな波によって砂が動かされることによって形成された,20mほどの間隔で三日月状に連続する「砂紋」が干潮時に見られます.砂紋が地層になると「漣痕」と呼ばれます.
数百万年前に噴出した流紋岩~デイサイトの溶岩が,波で侵食されて形成された,高さ65m・幅約200m・傾斜角70°の海食崖で,溶岩が冷却した際にできた無数に発達する柱状節理・板状節理の見た目から「鎧の袖」と呼ばれています.国指定天然記念物.
約600万年前に噴出した,日本では珍しいアルカリに富んだ玄武岩の溶岩が,日本海の荒波で侵食されて形成された,高さ257m・幅約13kmにも及ぶ日本有数の海食崖です.崖上から水平線を180°眺望できるため,旧日本軍の監視所がありました.国指定天然記念物.
伊豆半島が現在よりも南にあった約400〜300万年前に,デイサイト~流紋岩質の海底火山の噴火で生じた水中火砕流または海底土石流の堆積物である凝灰角礫岩~凝灰岩が,波で侵食されて形成された海食洞で,天井が崩れて天窓ができました.国指定天然記念物.
伊豆半島が現在よりもはるかに南にあった約2000~1000万年前の海底火山の火山体が侵食されて,地下にあったデイサイト質マグマの通り道(火山岩頚)が残ったものです.中央部分が波で侵食されて形成された海食洞が門を形作っています.国指定名勝.
かつて中海は西に開けた湾でしたが,平安時代以降に,中国山地の花崗岩が風化されて河川から海に運搬された砂が砂州を形成しました.特に,江戸時代にたたら製鉄で砂鉄を取る際に,大量の砂が河川から海に流入し,砂州の形成を促進したと考えられています..
根室海峡を流れる潮流によって運ばれた砂が堆積してできた長さ約28kmの日本最大の砂嘴です.標高はほとんどなく平坦な浜と湿地からなります.この付近は1.5cm/年で地盤沈下し,砂嘴が年々狭まっていますが,千島沖の大地震の時に隆起すると考えられています.
この付近は,約1500万年前に二上山から噴出した,火山ガラスが多く白い火砕流堆積物と凝灰岩からなります.海底に堆積し,弱く固結しただけなので,風化・侵食に弱く,無数の谷が発達し,凹凸に富んだ複雑な地形(バッドランド・悪地地形)を形成しています.
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白亜紀末期~新生代前半に浅い海~川・湖で堆積した石灰岩・砂岩が,長い年月をかけて風化・侵食されて形成されました.「土柱」が世界で最も集中して30km以上に渡って連続して分布し,凹凸に富んだ複雑な地形(バッドランド・悪地地形)を形作っています.
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約700万年前に浅い海で堆積した砂礫が,その後隆起して,約12万年から侵食されて形成された,凹凸に富んだ複雑な地形(バッドランド・悪地地形)です.荒涼で急峻な異世界感のある地形は,映画「ロード・オブ・ザ・リング」のロケ地として使われました.
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約1700万年前に浅い海で堆積した砂岩が隆起した後,長い年月をかけて,波による直接的な侵食ではなく,潮風や波しぶきを頻繁にかぶることによる塩類風化作用によって,粒状に破砕されて形成されました.ただし,蜂の巣状になる理由はよくわかっていません.
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薬師岳周辺の主稜線から東側斜面に,圏谷壁が極めて明瞭な3つの圏谷(南カール・中央カール・金作谷カール(画像))と1つの不明瞭な圏谷(北カール)が連続して並んでいます.中央カールの圏谷壁の比高は300m近くにも及びます.国指定特別天然記念物.
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黒部五郎岳の東側斜面には圏谷(黒部五郎カール)が見られ,その中に氷河によって基盤岩が削られてできた「羊背岩」が点在します.羊背岩は上流側が緩い傾斜で下流側は急な斜面となり,氷河に削られてできた線状の傷跡である氷河擦痕が見られることがあります.
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8.海岸地形
南北160km・東西240kmに広がる世界最大級の三角州です。ナイル川は毎年おおいぬ座のシリウスが見えるようになる時期に氾濫したため,古代エジプトではそれを元に暦を作りました。氾濫によって肥沃な土壌となり,農業・文明が発達しました。
ギアナ高地にある最大のテーブルマウンテンから流れ落ちる,世界最大の落差(979m)がある滝です。あまりにも落差が大きいため,落下する水は途中で分散して霧状になってしまうので,滝壺がありません。世界自然遺産。
約7000万年前に隆起した高原をコロラド川が下刻して形成されました。全長約450km・高さ平均約1200mに及ぶ断崖には,最下部に先カンブリア代の変成岩・火成岩・堆積岩,下部〜上部に古生代の水平な堆積岩が露出しています。世界自然遺産。
世界三大瀑布の一つで,最も有名な滝です。馬蹄形で落差は54mあります。約4500年前に現在より約10km下流で誕生し,滝が古生代シルル紀の石灰岩・泥岩を徐々に浸食して,現在の位置まで後退してきました。
約1400万年前に紀伊半島で大規模な火山活動があり,ここでは流紋岩質溶岩の流出と花崗岩の貫入があり,浸食に強いこれらと浸食されやすい堆積岩との境界に形成されました。一段の滝としては日本一の133mの落差があります。世界文化遺産。
第四紀になって北アルプスが急激に隆起したことにより,黒部川の浸食力が急増し大量の土砂を下流に運搬しました。扇状地がそのまま海に面していて三角州でもあるので「扇状地三角州」と呼ばれ,山から海までの距離が短い場合に形成されます。
第四紀になって北アルプスが急激に隆起したことにより,黒部川の浸食力が急増し,新第三紀の花崗岩を世界最大級の激しさで下方浸食して形成されました。現在でも人を寄せ付けない断崖絶壁が広がっています。日本三大峡谷の一つで国の特別天然記念物。
約500万年前に貫入した石英閃緑ひん岩(石英を含む閃緑岩の半深成岩)が冷却する時に柱状節理が形成され,その貫入岩体を信濃川の支流である清津川が激しく下方浸食して形成されました。日本三大峡谷の一つで国指定天然記念物。
富士山南西麓の富士川支流に懸かる滝で,富士山の地下水が,下部の水を通さない泥流堆積物(約2万年前)と上部の溶岩(約1.2万年前)との境界付近から絹糸のように流れ出ています。国指定天然記念物・世界文化遺産。
断層で破砕されて脆くなった凝灰岩を,桂川が下方浸食して,川幅が狭く高さ30mある深い谷が形成されました。ここでは橋脚を立てられないので,両岸から四層のはね木をせり出して猿橋が作られました。日本三大奇橋の一つ。
約20万年前に赤城山の噴出物が川を堰き止めて湖ができ,湖を埋めてできた平坦面を,川が切り開いて湖の地層を数回に渡って段階的に掘り下げて形成されました。大規模で形もはっきりしているため,日本一美しいとも評されています。
男体山は約2.5万年前から活動を開始し,約1.2万年前の噴火では大量の溶岩が流れ出て,川を堰き止めました。その結果,上流側には堰止め湖である中禅寺湖が形成され,その出口には落差97mもの「華厳の滝」ができました。
約1500万年前に海底火山から噴出した固い溶岩と軟らかい堆積岩との境界に形成された,高さ120mの4段の滝です.冬に滝が凍結する「氷瀑」が有名で,かつては毎年のように見られていましたが,温暖化の影響か,近年はほとんど見られなくなってしまいました.
海に突き出した高さ約40mの約1800~1500万年前の火山砕屑岩の岩壁に,断層や割れ目などの弱い部分から浸食が進み形成された「海食洞」(高さ15m・幅6m・奥行き60m)が見られる洞門です.「巌門」として代表的な景勝地になっています.
陸繋島との間の砂州(陸繋砂州)のことを「トンボロ」と言います.上甑島の里町の集落は,長さ1500m・最小幅250m・高さ2~3mのトンボロの上にできています.台風や冬の季節風によって、沿岸の海底の砂礫が打ち上げられてできたと考えられています。
陸繋島との間の砂州(陸繋砂州)のことを「トンボロ」と言います.小豆島西部の前島から中余島を経て大余島へ続き,長さ約500mあります.干潮のときのみ道が海面上に現れて渡ることができ,「エンジェルロード」と呼ばれています.
陸繋島との間の砂州(陸繋砂州)のことを「トンボロ」と言います.函館山と渡島半島との間に砂礫が堆積して,約5000年前に陸続きになりました.函館山から見る,巨大な砂州の形に沿った函館の市街地の夜景は,日本三大夜景の1つと称されています.
甌穴(ポットホール)は,凹みにある小石が水の流れでぐるぐる回ることによって,周りの岩石が侵食されて形成されます.川の流れでできるものが多いですが,ここでは,波の力によって形成された甌穴が日本最多70以上あります.国指定天然記念物.
平尾台を構成する石灰岩は,約 3億年前の熱帯地方のサンゴ礁が,プレートの移動によって今の位置まで移動してきたものです.約9000万前に接触変成作用を受けて,結晶質石灰岩(大理石)に変化しているので,化石は産出しません.国の天然記念物.
古生代デボン紀(約3.8億年前)の石英砂岩が熱変成した珪岩が,亜熱帯多雨気候の影響で風化・侵食されて,高さ200m・3000本以上の塔状の偽カルスト地形(石灰岩ではないが,カルストのような地形)が林立するようになりました.世界自然遺産.
中国南部は石灰岩地帯で,ここでは古生代後期の石灰岩が,隆起しました.石灰岩の成分(CaCO3)の沈積によって棚田状の湖群をつくる堤防が形成され,CaCO3が微細な浮遊物を核として沈殿するため,水は極端に透明度が高い青色に見えます.世界自然遺産.
台地を作っている石灰岩中に雨水が浸透してできた大量の石灰分(CaCO3)を溶解した地下水が,地熱で温められて地表に湧き出て温泉となり,その温水中から石灰華が再沈殿して,高さ約200mにもなる純白の棚田のような景観ができました.世界複合遺産.
ミシシッピ川は,北米最大の流域面積をもつので,大量の土砂が河口まで運ばれます.一方で,海岸の波や流れが弱いので,あまり侵食されません.そのため,三角州がどんどん成長していき,鳥の足の指のような形をした「鳥趾状三角州」が形成されます.
石狩川は,高低差の少ない石狩平野を流れるため,明治時代以前は蛇行が多く,たびたび洪水が発生していました.そこで大正時代から人工的な流路短縮が行われ,洪水は減少していきました.その結果,旧蛇行部分には多くの三日月湖が残りました.
この付近は寛政西津軽地震(1793年)によって隆起し,緑色凝灰岩(グリーンタフ)の波食棚(*KN-02江の島を参照)が海面上に現れました.物珍しがった津軽藩の殿様が、そこに千畳畳を敷かせ大宴会を開いたとされることから,「千畳敷」と名付けられました.
ニューヨークのセントラルパークの大きな岩肌に見られる線状の構造は,「氷河擦痕」といい,約2万年前に北米大陸に巨大な氷床が発達してこの付近が厚さ約2000mもの氷河で覆われた時の名残で,氷河に取り込まれた岩塊と基盤岩がこすれ合って形成されました.
ニューヨークのセントラルパークに突然ポツンと見られる大きな岩は,「迷子石」といい,約2万年前に北米大陸に巨大な氷床が発達してこの付近が厚さ約2000mもの氷河で覆われた時の名残で,氷河が後退する時に,氷河が運んだ岩が取り残されたものです.
地名は記念碑(モニュメント)が並んでいるような景観から名付けられました.上位の地層が侵食に強いので,下位層が浸食されて急崖になりました.テーブル状の「メサ」と塔状の「ビュート」に区分されます.多くの西部劇映画のロケで使われています.
柔らかい層と硬い層が交互に積み重なった地層がゆるく傾いた地域で見られます。柔らかい層は侵食を受けて低地に,硬い層は侵食に強いため丘陵となり,低地と丘陵および緩斜面と急崖が交互に並びます.緩斜面では小麦,急崖ではブドウが栽培されています.
氷期に氷河が削ってできた谷に,暖かくなって海水が入り込み形成されました.そのため,リアス海岸とは違い,湾口から湾奥まで幅の変化がない細長い谷(ここでは全長42km)からなり,谷が深く海岸線が断崖絶壁(ここでは高さ600m)になっていることが特徴です.
水田の中に見られる多数の小丘は,約2500年前に鳥海山が山体崩壊を起こした時の破片です.以前は浅い海~汽水湖に島状に点在していて,「九十九島」と呼ばれていました.ところが,1804年の象潟地震によって,約2m隆起して陸地化しました.国指定天然記念物.
約1,500万年前に安山岩質のマグマが冷えて柱状節理が形成されました.周りの岩石は侵食されてしまい,川の河口の海中に高さ約20m・周囲約1kmにも及ぶ巨岩(立石)が残りました.さらに,川が運んできた砂が堆積して,トンボロが形成されました.
古生代後期(石炭紀~ペルム紀)の石灰岩が侵食されて形成された,長さ90m・幅19m・高さ40mの天然橋です.元々は鍾乳洞で,帝釈川の侵食によって大部分の天井が崩落して,数十万年前に一部分だけが橋状に残されたと考えられています.国指定天然記念物.
日本三大岩場の一つとされる高さ400m・幅1.5kmの花崗岩の大絶壁です.約7,000万年前の花崗岩が不規則な節理に沿って割れて風化・侵食されていきましたが,節理の少ない部分では大きな岩塊が残り,しばしば山頂や稜線沿いでは岩の塔のようになります.
約1800万~1200万年前に浅瀬で堆積した砂岩が,隆起した時におよそ30°傾斜して,侵食を受けたために,東西1.5km・南北1kmにわたっていくつもの岩山が出っ張ったような地形になった,スケールが小さめのケスタ地形です。県指定天然記念物.
白亜紀に西南日本で珪長質の激しいマグマ活動があり,大陸地殻を大きく成長させました.ここでは花崗岩が貫入し,その後隆起して,海岸に露出し,波風の力による浸食作用によって,偶然,水辺にたたずむ象のような形になりました.国指定天然記念物.
多摩川の河床を覆っていた礫層が1950年代に大量に採取されて,約160万年前の半固結した砂岩が露出するようになり,それを多摩川が侵食することによって,世界的にも珍しい,牛の群れのように見える高さ2m程度の島状の地形(牛群地形)が発達しました.
数百万年前の凝灰角礫岩でできた台地を,約1万年前から川が下刻して作られた,長さ約4km・深さ約80~100m・幅約10~100mの峡谷で,幅の狭いところではV字谷,幅の広いところではU字谷になっています。奇岩が多く見られ,紅葉の名所にもなっています。
中生代白亜紀に低温高圧型の変成作用を受けて硬い三波川結晶片岩でできた四国山地を,日本最大級の激流と言われる吉野川が下刻して作られた峡谷で,巨岩・奇岩が約8km続く「大歩危」と,曲がりくねって流れの速い「小歩危」に分けられます.国指定天然記念物.
約1650万年前の礫岩層が,波に浸食されてできた海食洞の天然橋(高さ15m・長さ30m)です.2002年までは全国で唯一国道が通る天然トンネルでしたが,小規模な崩落が頻発したので,山側にトンネルを掘ってバイパスを作り,この道は国道ではなくなりました.
高さ約40mの巨大な石灰岩の石門で,第一門~第四門まであります.約 3億年前の石灰岩の大地が侵食されてできた鍾乳洞が,やがて崩落して一部がアーチ型に残りました.夏のもや・冷気は「羅生門」の名に相応しい威容があります.国指定天然記念物.
この付近はマントルを構成するカンラン岩が変質した数千万年前の蛇紋岩からなり,破砕されているため脆く,この地域には2000ヶ所以上の地すべり地形が分布しています.その緩斜面を室町時代から棚田として利用しており,「大山千枚田」と呼ばれています.
この付近は約1100万年前の脆い泥岩からなり,多数の地すべり地形があります.その緩斜面を棚田として利用しており,世界農業遺産に認定されています.ところが2024年1月の能登半島沖地震で多数の亀裂ができ,同年9月の能登半島豪雨で地すべりが発生しました.
900万年前の火砕流堆積物が冷えた溶結凝灰岩を片品川が下刻してできた高さ7m・幅30mの滝.三方から水が勢いよく流れ落ちる様子から「東洋のナイアガラ」とも言われています.河床には多くの甌穴(ポットホール)が見られます.国指定天然記念物.
約10万年前の立山の火砕流堆積物が冷えた溶結凝灰岩の末端の断崖にかかる,日本一の落差(落差350m)がある4段の滝(画像中央)です.融雪期など水量が多い時には,右側により落差の大きい(落差500m)ハンノキ滝(画像中右)が出現します.国指定天然記念物.
約7500万前(白亜紀)の礫岩にかかる,7段からなる合計落差42mの滝です.近くを通る中央構造線の活動の影響で,ここに6本の断層があり,それらの断層の活動によって弱くなった部分が侵食されてそれぞれ滝つぼをつくり,7段の階段状の滝になりました.
中国山地からの土砂の供給量の多い太田川が,波穏やかな遠浅の広島湾に注ぐことによって形成された三角州で,広島の市街地は三角州の上に発達しました.近世以降は干拓・埋立によっても海側へ進出しましたが,放水路以外はほぼ従来のままの流路が残っています.
河床が周囲よりも高い川を「天井川」といい,堤防を作る→流路が安定し,砂礫が堆積して河床が上昇する→堤防を高くする,という過程を繰り返すと天井川になります.甲府盆地には多く見られ,河床の下をトンネルで道路が通ることもあります(画像)
風化した花崗岩(マサ)からなる山を水源とする草津川は,大量の土砂が流れ,かつては下流部分が天井川(画像:トンネルの上)で,増水の度に氾濫していました.2002年に中流から琵琶湖に抜ける放水路が完成したため,天井川部分には水が流れなくなりました.
富士山起源の地下水が,約1万年前に富士山から流れ出た隙間や亀裂の多い溶岩の中を流れ,溶岩末端のこの付近で1日に約100万m3も湧き出ています.そのため,水がきれいで,年間を通じて水温が15℃前後と一定です.日本三大清流の一つで,国指定天然記念物.
茨城と千葉の県境(赤点線)が一部だけ利根川の北岸にはみ出ています.これは,県境を決めた時には,利根川が現在より北に蛇行して県境を流れていて,その後直線化したからです.河川のすぐそばにこのような不自然な自治体の境がある場合は,その境がかつての河道であった可能性があります.
多摩川の北岸(東京都)と南岸(神奈川県)の両方に,同じ「等々力」という地名があります.これは,現在は直線化した多摩川を境に違う自治体になっていますが,かつては多摩川が南に大きく蛇行していて,同じ北岸にあった一つの集落だったからです.このように,河川の両岸に同じ地名がある場合は,かつての蛇行の名残りである可能性があります.地図内の「野毛」「二子」もそうです.
かつての鬼怒川は,画像上中央の平行な曲線道路の間~千代川公民館~鹿島神社の北側を「う」の字の下部分のような形で流れていました.このように,河川のすぐそばに不自然な平行曲線道路がある場合は,かつての河道であった可能性があります.
最終氷期(約7~1万年前)に海面が下がった時に多くの河川や谷が形成され,氷期が終わって海面が上昇したため,それらが海に沈んで,リアス海岸と50以上の島々になりました.海岸線が非常に入り組んでいるため湾内は穏やかで,真珠・アオサノリの養殖が有名です.
舞鶴湾は最終氷期には完全に陸化して多くの河川や谷が形成され,氷期が終わると,それらが海に沈んで,リアス海岸になりました.深く湾入したリアス海岸の奥がさらに枝分かれしていて,外海から目視できず攻めるのは難しいため,明治時代に軍港になりました.
糸魚川-静岡構造線の活動によってその西側が隆起する際に,約1億年前の凝灰岩が海岸線と並行に入った垂直の亀裂に沿って剥がれて,約10km続く断崖絶壁になりました.江戸時代までは,加賀から江戸に向かう際,波打ち際を通らなければならない街道の難所でした.
ここで見られるヒスイは,約5億年前に生まれて約2.5億年前に地表に現れたものが,川から海に運ばれて堆積したものです.縄文時代から勾玉などに利用されてきましたが,1000年以上忘れ去られていました.1935年に再発見され,2016年に日本の国石に選ばれました.
有明海は潮の干満差が日本一大きいので干潟が発達しています.この海岸では,遠浅の穏やかな波によって砂が動かされることによって形成された,20mほどの間隔で三日月状に連続する「砂紋」が干潮時に見られます.砂紋が地層になると「漣痕」と呼ばれます.
数百万年前に噴出した流紋岩~デイサイトの溶岩が,波で侵食されて形成された,高さ65m・幅約200m・傾斜角70°の海食崖で,溶岩が冷却した際にできた無数に発達する柱状節理・板状節理の見た目から「鎧の袖」と呼ばれています.国指定天然記念物.
約600万年前に噴出した,日本では珍しいアルカリに富んだ玄武岩の溶岩が,日本海の荒波で侵食されて形成された,高さ257m・幅約13kmにも及ぶ日本有数の海食崖です.崖上から水平線を180°眺望できるため,旧日本軍の監視所がありました.国指定天然記念物.
伊豆半島が現在よりも南にあった約400〜300万年前に,デイサイト~流紋岩質の海底火山の噴火で生じた水中火砕流または海底土石流の堆積物である凝灰角礫岩~凝灰岩が,波で侵食されて形成された海食洞で,天井が崩れて天窓ができました.国指定天然記念物.
伊豆半島が現在よりもはるかに南にあった約2000~1000万年前の海底火山の火山体が侵食されて,地下にあったデイサイト質マグマの通り道(火山岩頚)が残ったものです.中央部分が波で侵食されて形成された海食洞が門を形作っています.国指定名勝.
かつて中海は西に開けた湾でしたが,平安時代以降に,中国山地の花崗岩が風化されて河川から海に運搬された砂が砂州を形成しました.特に,江戸時代にたたら製鉄で砂鉄を取る際に,大量の砂が河川から海に流入し,砂州の形成を促進したと考えられています..
根室海峡を流れる潮流によって運ばれた砂が堆積してできた長さ約28kmの日本最大の砂嘴です.標高はほとんどなく平坦な浜と湿地からなります.この付近は1.5cm/年で地盤沈下し,砂嘴が年々狭まっていますが,千島沖の大地震の時に隆起すると考えられています.
この付近は,約1500万年前に二上山から噴出した,火山ガラスが多く白い火砕流堆積物と凝灰岩からなります.海底に堆積し,弱く固結しただけなので,風化・侵食に弱く,無数の谷が発達し,凹凸に富んだ複雑な地形(バッドランド・悪地地形)を形成しています.
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白亜紀末期~新生代前半に浅い海~川・湖で堆積した石灰岩・砂岩が,長い年月をかけて風化・侵食されて形成されました.「土柱」が世界で最も集中して30km以上に渡って連続して分布し,凹凸に富んだ複雑な地形(バッドランド・悪地地形)を形作っています.
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約700万年前に浅い海で堆積した砂礫が,その後隆起して,約12万年から侵食されて形成された,凹凸に富んだ複雑な地形(バッドランド・悪地地形)です.荒涼で急峻な異世界感のある地形は,映画「ロード・オブ・ザ・リング」のロケ地として使われました.
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約1700万年前に浅い海で堆積した砂岩が隆起した後,長い年月をかけて,波による直接的な侵食ではなく,潮風や波しぶきを頻繁にかぶることによる塩類風化作用によって,粒状に破砕されて形成されました.ただし,蜂の巣状になる理由はよくわかっていません.
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薬師岳周辺の主稜線から東側斜面に,圏谷壁が極めて明瞭な3つの圏谷(南カール・中央カール・金作谷カール(画像))と1つの不明瞭な圏谷(北カール)が連続して並んでいます.中央カールの圏谷壁の比高は300m近くにも及びます.国指定特別天然記念物.
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黒部五郎岳の東側斜面には圏谷(黒部五郎カール)が見られ,その中に氷河によって基盤岩が削られてできた「羊背岩」が点在します.羊背岩は上流側が緩い傾斜で下流側は急な斜面となり,氷河に削られてできた線状の傷跡である氷河擦痕が見られることがあります.
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9.その他地形
約20億年前に直径約12kmの隕石の落下によって形成された,直径約190kmの世界最大の隕石孔の痕跡です。衝突によって金を含む地層が地下に押し込まれた結果,その後の浸食を免れて残ったため,この範囲から世界の約4割の金が産出します。世界自然遺産。
長さ約60kmある世界最大級のフィヨルドで,断崖と海の造形美から「ノルウェーの真珠」と称されています。氷期に氷河によって削られた断崖の高さは,海面下から最大で1000m以上にも及びます。世界自然遺産。
中国南部は石灰岩地帯で,ここでは古生代ペルム紀の石灰岩が,亜熱帯多雨気候の影響で溶食されて,高さ約30mの槍状のカルスト地形(タワーカルスト)が林立するようになりました。中国では「天下第一の奇観」と称されています。世界自然遺産。
中国南部は石灰岩地帯で,ここでは古生代デボン紀〜石炭紀の石灰岩が,亜熱帯多雨気候の影響で溶食されて,高さ数百mの塔状のカルスト地形(タワーカルスト)が林立するようになりました。古くから山水画などの題材とされてきた世界自然遺産。
ギアナ高地にある,ほぼ垂直に切り立ったテーブルマウンテン(標高2810m)です。先カンブリア代の砂岩・珪岩のうち,浸食に強い部分が残って形成されました。コナン・ドイルの小説「失われた世界」で有名になりました。世界自然遺産。
約5万年前に直径約30〜50mの隕石の落下によって形成された,直径約1.2km・深さ約200mの隕石孔です。周辺からは約30トンもの隕石の破片が見つかっています。世界で初めて認定された,世界で最も有名な隕石孔です。
青島の周囲には,約 700万年前のタービダイト(混濁流堆積物)の砂岩と泥岩の互層からなる波食棚が広がっています。砂岩より泥岩の方が浸食されやすいので,洗濯板のような凹凸地形が形成されました。国指定天然記念物。
吉野川によって約130万年前に作られた砂礫層が,風雨により侵食されてできた侵食地形です。高さ10m前後の土柱が,南北約90m・東西約50mの範囲に多数並び,カーテンのひだのように連なっています。国指定天然記念物。
秋吉台を構成する石灰岩は,古生代石炭紀〜ペルム紀(3.5億〜2.5億年前)に,熱帯地方の海山上に成長したサンゴ礁が,プレートの沈み込みによって剥ぎ取られた巨大な岩塊です。この時代の示準化石であるフズリナを多産します。国の特別天然記念物。
氷河が前穂高岳(3090m)の山腹をえぐるようにして削って形成された,北アルプス最大の圏谷(カール)です。奥の赤い屋根の山小屋が建つ小丘は,氷河が削り取った岩屑が運ばれて集積したモレーンで,かつての氷河の先端位置を示しています。
79年にベスビオ山が大噴火して火砕流が発生し,麓のポンペイを襲い街は壊滅しました.その後18世紀以降に街が発掘されると,当時の生活の様子や美術品がそのままの状態で残っており,火砕流で亡くなった人の様子も石膏で復元されています.世界文化遺産.
ツバルは,9つの島とサンゴ礁からなる小さな国です.かつては火山島でしたが,火山活動を終えた島が沈降して,周囲のサンゴ礁が残りました.平均標高が約2mしかないため,地球温暖化による海面上昇の影響を最も受けやすい国の1つと考えられています.
大正関東地震(1923年)で,神奈川県全域を襲った震度6強~7の激震と,直後の大雨によって,この付近の丘陵地帯では多くの土砂災害が発生しました.その時,沢が堰き止められて新しく湖(堰止湖)が誕生し,「地震で生まれた湖=震生湖」と名付けられました.
1888年の噴火で山体崩壊を起こして,北麓に岩屑なだれが流れ下り3つの集落が埋没しました.加えて,噴石・泥流・火砕サージなどによって,近代日本で最多の477人もの犠牲者が出ました.現在では,山体崩壊で形成されたカルデラ壁で火山の断面が観察できます.
1888年の噴火で山体崩壊を起こして,北麓に岩屑なだれが流れ下り,長瀬川とその支流を堰き止めて,新しく3つの大きな堰止湖(画像左から桧原湖・小野川湖・秋元湖)と五色沼などの数十もの小さな湖沼群が誕生しました.
奈良時代~平安時代は富士山の活動が活発でした.その中でも864年の貞観噴火が大規模なもので,北西麓から大量の玄武岩質溶岩が流れ出て,一帯を埋め尽くしました.その後長い年月をかけて,(画像のように)溶岩流の上に広大な樹林が形成されました.
平安時代(864年)に富士山が大噴火し,北西麓(画像中央下の小丘付近)から大量の溶岩が流れ出て,当時あった「せの海」という大きな湖に流れ込んで中央部を埋め尽くし,東端と西端に残ったのが西湖と精進湖です.旧せの海での溶岩の厚さは135mにも達します.
活火山の山頂にある火口湖で,湖底下のマグマだまりから湖水にCO2が放出されています.1986年に火口湖から大量のCO2が流出して麓の村に流れ込んで,CO2中毒・酸欠によって1746人もの犠牲者が出ました.現在では,画像右のように,人工的にCO2を抜いています.
2024年の能登半島沖地震(M7.6)によって,能登半島北部付近は約1.5m隆起し,波食棚が海面上に現れて,新たな海岸段丘が生じました.それに伴い,海岸線が数10~100mも後退しました.「他の日付を見る」で地震前の画像と見比べると違いがよくわかります.
2024年の能登半島沖地震(M7.6)によって,石川県内では15の漁港で隆起が確認されました.特に,能登半島北西部付近では,この地震で最大の約4mも隆起したため,黒島漁港は完全に陸化してしまい,港として全く使えない状態になってしまいました.
北海道駒ヶ岳の1640年の噴火では,南麓で山体崩壊を起こして岩屑なだれが流下し,折戸川を堰き止めて,3つの堰止湖(大沼・小沼・蓴菜沼)が誕生しました.続いて,東麓でも山体崩壊を起こして,噴火湾に流入して津波が発生し,700人以上の犠牲者が出ました.
2016年の熊本地震(M7.3)で,阿蘇大橋が地盤のずれによって全体が崩落しました.同じ場所での再建は困難だったため,新しい橋は元の橋から下流600mに作られました.その被害を後世に伝えるため,崩落当時のまま残された橋桁が震災遺構として保存されています.
この巨岩は,周囲約60m・高さ約10m・地表下約10mもある赤色の安山岩で,約2万4000年前の浅間山の噴火で発生した前橋泥流とともに北方に運ばれて,その後吾妻川沿いに東方に,さらに利根川に沿って南方に,と計約60kmも運ばれてきました.国指定天然記念物.
この巨岩は,周囲約50m・高さ約16m・重さ約4,800tもある中生代の砂岩の地層で,1934年(昭和9年)の手取川大水害の時に,上流から運ばれてきました.洪水時の河川の運搬作用を示す貴重な試料であることから,県の天然記念物に指定されています.
2014年の噴火は前兆がなく,紅葉シーズンの週末の正午頃という山頂に人が多いタイミングでの突然の噴火で放出された高速の噴石によって,戦後最悪の58人もの死者が出ました.2019年から本格的な登山が再開され,突然の噴火に備えてシェルターが設置されました.
1847年の善光寺地震によって,4万ヶ所以上もの土砂崩れが発生し,なかでも岩倉山の崩壊が最も大規模(全長1,300m・幅750m)で,犀川を堰き止めました.それが19日後に決壊して,下流は大洪水になりました.崩壊した地塊の上端にできた湖が湧池です.
1847年の善光寺地震によって,4万ヶ所以上もの土砂崩れが発生し,なかでも岩倉山の崩壊が最も大規模で,犀川を堰き止め,高さ65mもの自然ダムができました.それが19日後に決壊して,下流は大洪水になりました.崩壊した地塊の上端にできた湖が湧池です.
1858年の飛越地震によって立山連峰の鳶山が日本有史以来最大規模の山体崩壊した跡です.大量の土砂が西方に流れ込んで川を堰き止め,その後決壊して下流に大きな被害を与えました.現在も大量の土砂が残存しており,砂防工事(画像右上)が続けられています.
約1500万年前に海底火山から噴出した流紋岩が,日本海の荒波によって侵食された巨大な一枚岩で,真ん中に直径約2mの穴が開いていて窓のように見え,春と秋には穴越しに夕陽が見えました.しかし,能登半島沖地震(2024年)で崩落してしまいました.
10.断層・褶曲
太平洋プレートと北米プレートの境界をなす全長約1300kmにも及ぶ右横ずれの活断層です。数10〜100年ごとにM7〜8クラスの地震が発生しており,1906年のサンフランシスコ地震(M7.8)では,死者が約3000人に達しました。
日本列島がまだ大陸から分離していなかった約5000万年前に,深海で堆積したタービダイト(混濁流堆積物)の砂岩と泥岩の互層が,海溝に沈み込む時に陸側に付加し,その時の圧縮力によって芸術作品のような褶曲が形成されました。
岐阜県本巣市根尾地域を中心とする活断層で、水鳥地区の断層崖は国指定の特別天然記念物に指定されている。明治24年に起きた濃尾地震(マグニチュード8.0)の際に生じた断層で、上下の変位は約6メートルにも及ぶ。
北伊豆地震(1930年)で動いた左横ずれ断層です。人家の庭にあった水路と円状の敷石が約2mずれてしまっており,断層公園として保存されています。平安時代にも動いて伊豆地震を起こしており,唯一有史以来2回動いた活断層です。
西南日本を日本海側と太平洋側を二分する大断層です.約1億年前から左横ずれ断層として活動していましたが,約300万年前から右横ずれ断層に変わりました。左側の褐色の領家帯と右側の緑灰色の三波川帯が断層で接しています。国指定天然記念物。
新潟〜静岡まで南北約250kmに及び,地質学的に東北日本と西南日本を分ける大断層です。断層は左傾斜で,その西側の古第三紀の地層が,その東側の新第三紀の地層に乗り上がっている逆断層です。国指定天然記念物
11.災害遺構
八重山地震(1771年)あるいはそれ以前の地震で発生した巨大津波によって,海岸から約50m・標高12.5mの陸上まで打ち上げられた石灰岩の巨石です。「帯石」として信仰の対象となっており,世界で最も重い津波石とされています。
1914年の大正噴火では,大量の火山灰が噴出し,東麓の黒神神社では約2m降り積もり,鳥居が埋没してしまいました。この噴火の最後には,大量の溶岩が流出し,それまで島だった桜島が大隅半島と陸続きになりました。
1792年に雲仙眉山が山体崩壊を起こし,有明海に流入し津波が発生しました。俗に「島原大変肥後迷惑」と呼ばれ,死者は約 15,000人と日本有史以来最大の火山被害です。その山体崩壊の破片が島原沖に九十九島として残っています。
1995年に兵庫県南部地震(M7.3)が発生し,近畿圏の広域に大きな被害が出ました(阪神・淡路大震災)。特に震源に近い神戸の被害は甚大で,波止場も大きな被害を受けました。岸壁の一部が被災当時のまま保存されています。
1983年に三宅島雄山が噴火し,南西山腹から玄武岩質の溶岩が流れ出ました。溶岩流は西岸の阿古地区に達し,阿古小学校などが埋没してしまいました。2007年に遊歩道が整備され,噴火の脅威を間近で見ることができるようになっています。
1888年に磐梯山が噴火した時に,約5km離れたこの集落は,爆風の直撃をうけた後に土石流で埋没し,10名もの死者が出ました。この巨石は土石流とともに運ばれてきた安山岩で,重さのため年々沈下しています。国指定天然記念物。
東日本大震災(2011年)では,この付近に8〜13mの大津波が押し寄せ,二階建て校舎の二階天窓付近まで浸水しましたが,児童・教職員・住民など90人は屋上に避難していたので助かりました。2020年から震災遺構として一般公開されています。